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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)1085号 判決 2000年1月26日

本訴原告兼反訴被告(以下「原告」という。)

都賀武

外四名

右原告ら訴訟代理人弁護士

青野秀治

本訴被告兼反訴原告(以下「被告」という。)

有限会社藤本建設

右代表者代表取締役

藤本一春

右訴訟代理人弁護士

宇陀高

被告補助参加人

株式会社テクノ神戸

右代表者代表取締役

岡村敏雄

右訴訟代理人弁護士

野田底吾

主文

一  被告は、原告都賀武に対し、一九四〇万円及びこれに対する平成七年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告都賀武のその余の請求及びその余の原告らの請求をいずれも棄却する。

三  被告の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴については、原告都賀武と被告間に生じたものは、これを五分し、その二を同原告の負担とし、その余を被告の負担とし、同原告と補助参加人間に生じたものは、これを五分し、その二を同原告の負担とし、その余を補助参加人の負担とし、その余の原告らと被告及び補助参加人間に生じたものは右原告らの負担とし、反訴については、被告の負担とする。

五  第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告都賀武(以下「原告武」という。)に対し四一三七万五八八三円(原告武の平成一〇年一一月二日付け準備書面には、四一一三万六三六八円と記載しているが、右は違算と認める。)、同都賀加代子(以下「原告加代子」という。)に対し五〇〇万円、同都賀博志(以下「原告博志」という。)、同都賀豪(以下「原告豪」という。)及び同都賀厚(以下「原告厚」という。)に対しそれぞれ二五〇万円及び右各金員に対する平成七年一月一七日から各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

2  被告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告

1  原告武は、被告に対し、一八四三万九五〇〇円及びこれに対する平成七年四月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  原告らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、本訴については原告らの負担とし、反訴については、原告武の負担とする。

4  仮執行宣言

第二  当事者の主張

(本訴事件)

一  請求原因

1 (請負契約の成立)

原告武は、平成六年一一月二〇日、被告に対し、以下の約定で都賀ビル(以下「本件建物」という。)新築工事(以下「本件工事」という。)を請け負わせた(以下「本件請負契約」という。)。

(一) 工事名称

都賀ビル新築工事

(二) 工事場所

神戸市灘区大石東町四丁目

(三) 工事規模 鉄骨四階建一棟

(建築面積延べ287.55平方メートル)

(四) 施工内容

建築確認図面のとおり

(五) 完成時期

平成七年二月二八日

(六) 引渡

完成の日から三〇日以内

(七) 請負金額 四六〇〇万円

2 (被告の不適切な施工による本件建物建前の倒壊)

(一) 本件建物は、建築途中の平成七年一月一七日に発生した阪神淡路大震災(以下「本件震災」という。)に遭って倒壊し、建前を利用して本件請負契約を履行することは社会通念上不能となった。

(二) (被告の不適切な施工)

(1) 材料変更に伴う荷重増加等

① 屋根・床板の材料変更に伴う荷重増加

建築確認図面では屋根・床板の材料は軽量気泡コンクリート(以下「ALC」という。)板とされていたのを、被告がデッキプレート及びコンクリート打設に変更したことにより一平方メートルあたり約一〇〇キログラムの荷重増加となった。

② バルコニー手摺の仕様変更に伴う荷重増加

建築確認図面ではバルコニー手摺はスチールパイプ縦格子で施工するものとされていたのを、被告がALC板に片面タイル貼及び手摺アルミ金物取付に変更したことにより一平方メートルあたり約八〇キログラムの荷重増加となった。

③ 四階の施工変更に伴う荷重増加

建築確認図面では四階北側部分は屋上から斜めに削るように設計され、同所は傾斜柱により施工されるものとされていたのを、被告が三階部分を延長する形で側面から見て柱を地面と垂直に施工したため、材長が短くなる一方、床面積・壁面積が増加した。そのため部材剛性に変化が生じ、また、床面積・壁面積の増加に伴って各階とも応力が増加し、危険な状態となった。

(2) 不適切な溶接仕様変更

被告は、設計上、完全溶け込み溶接(突合せ溶接)が要求される柱仕口部を連続隅肉溶接に変更して施工した。

右変更によって、許容曲げモーメントは五四パーセント低下したほか、柱仕口部の耐力が約1.57分の一に低下し、水平方向加力時の柱断面安全性がなくなった。

(3) 不適切な柱脚の仕様変更

建築確認図面では柱脚は日立ハイベースにより施工するものとされていたが、被告は、これを鋼板により施工した。

鋼板による施工は、ベースプレートの曲げ変形、アンカーボルトの伸び、ベース下モルタルの支圧変形、ボルト本数の欠落などを考慮した弾性剛性の評価がされておらず、ピン柱脚と弾性固定の中間的な固定度しかなく、固定柱脚とはいえない。

3 (被告の責任原因)

(一) 債務不履行―主位的主張

本件建物は、被告の前記の不適切施工により構造耐力が減少したことにより倒壊し、本件工事は杜会通念上履行不能となった。

したがって、被告は、原告らに対し、被告の責めに帰すべき履行不能により原告らに生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(二) 不法行為―予備的主張

被告は、故意、過失により、建築施工、監理上の注意義務を怠って前記の不適切施工を行い、本件建物を倒壊せしめ、本件工事を不能ならしめた。これは、原告らに対する不法行為にあたる。

したがって、被告は、これにより原告らに生じた損害を賠償すべき責任を負う。

4 (原告らの損害)

原告らは、本件工事が不能となったことにより以下の損害を被った。

(一) 原告武について(合計四一三七万五八八三円、原告武の平成一〇年一一月二日付け準備書面には、四一一三万六三六八円と記載しているが、右は違算と認める。)

(1) 請負代金既払分 一八五〇万円

(2) 銀行借入諸費用

合計 一一九万〇七一六円

(原告武の平成一〇年一一月二日付け準備書面には、九七万一二〇一円と記載しているが、右は違算と認める。)

右の内訳は次のとおりである。

借入利息 三三万六九八六円

右同 二四万九三一五円

根抵当権設定費用

二八万九三一五円

手数料、印紙 二八万〇一〇〇円

抹消登記費用 三万五〇〇〇円

(3) 仮住居費用等 三一四万円

(原告武の平成一〇年一一月二日付け準備書面には、三一二万円と記載しているが、右は違算と認める。)

平成七年四月から平成八年八月まで月額九万円、平成八年九月から平成一〇年七月まで月額七万円

(4) 家財道具保管費用

二一五万二五〇〇円

平成七年三月から平成一〇年七月まで月額五万円及び右に対する消費税

(5) 引越費用 二〇万六〇〇〇円

(6) 再築費用高騰差額

五二八万六六六七円

新たな請負契約に要した費用と本件請負契約における請負代金との差額。新たな請負契約に要した費用の内訳は次のとおりである。

請負代金 四二〇〇万円

追加変更工事 三四六万五〇〇〇円

追加変更工事  四八万三〇〇〇円

盛土、外構工事

二二五万七五〇〇円

インテリア商品 六九万円

諸費用 二三九万一一六七円

(7) 基礎掘削整地費用

九〇万円

(8) 慰藉料 一〇〇〇万円

(二) 原告加代子について

慰藉料 五〇〇万円

(三) 原告博志、同豪及び同厚

慰藉料 各二五〇万円

5 よって、原告らは、被告に対し、主位的には債務不履行(民法四一五条後段)、予備的に不法行為(民法七〇九条)に基づく損害賠償金として、原告武につき四一三七万五八八三円、同加代子につき五〇〇万円、同博志、同豪及び同厚につき各二五〇万円並びに右各金員に対する履行不能となった日あるいは不法行為後である平成七年一月一七日から各支払済みまでいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張並びに被告補助参加人の主張

(被告の認否)

1  請求原因1のうち本件請負契約の施工内容は否認する。その余の事実は認める。

2  同2について

(一) 同2(一)のうち、本件建物が本件震災により倒壊したことは認める。本件工事が履行不能となったことは争う。

本件建物は座屈したものの、ジャッキアップして予定どおり四階建て建物を建築することも、また予定を変更して三階建て建物を建築することも可能であった。しかるに、原告武は、公費解体を申請して解体してしまったのである。

(二) 同2(二)(1)のうち、被告が本件建物の屋根・床板をデッキプレート及びコンクリート打設で施工したこと、バルコニー手摺をALC板に片面タイル貼及び手摺アルミ金物取付で施工したこと、四階の傾斜柱を垂直に施工したことは認める。右施工により、大幅な荷重増加となったことは否認する。

同2(二)(2)のうち、被告が本件建物の柱仕口部溶接を隅肉溶接で行ったことは否認する。右溶接により曲げモーメントないし安全性を損なったとの主張は争う。

同2(二)(3)のうち、被告が本件建物の柱脚を日立ハイベースでなく通常の鋼板によるベースプレートで施工したことは認める。これが固定柱脚ではないとの主張は争う。

3  同3の主張は、いずれも争う。

4  同4の損害の発生及びその額は争う。ただし、請負代金既払額が原告主張どおりであることは認める。

(被告及び補助参加人の主張)

1  因果関係の不存在

本件建物の所在地は激震地区であり、日立ハイベースを採用した建物や突合せ溶接で溶接した建物でも倒壊した建物がある。したがって、仮に設計仕様どおりの施工をしていたとしても倒壊は避けられなかったから、倒壊による履行不能及び損害の発生と被告の施工との間に因果関係は存しない。

2  過失の不存在

(一) 仮に本件建物が隅肉溶接で施工されていたとしても、構造計算上は問題がない。本件建物の鉄骨柱の鋼材には曲げ破壊や座屈破壊がみられないことはこれを裏付けるものである。原告らが主張する曲げモーメントや柱応力の数字は不正確な観念値である。

(二) 本件工事は、切り詰めた予算で請け負っているのであり、関西地方で通常想定されてきた震度六程度の地震で容易に倒壊しない建築であれば、過失があるとはいえない。そして、被告は、以下のとおり原告武の要望に従って施工した上、震度六の地震によっては容易に倒壊しない耐震構造を持った建物を建築したのであるから、被告に過失はない。

(1) 柱脚の変更

被告は、本件工事の完成を急いでほしいとの原告武の要望を受けて、同原告の了解を得て、日立ハイベース工法と異なる鋼板による施工をしたのであるし、本件建物建築当時の基準によれば、日立ハイベースを使用していなくても、構造計算上は強度に問題はない。

(2) 他の施工内容について

屋根・床板をデッキプレート及びコンクリート打設で施工したこと、バルコニー手摺をALC板に片面タイル貼及び手摺アルミ金物取付で施工したこと並びに四階の傾斜柱を垂直に施工したことは、いずれも原告武の要望に基づいてしたものである。

また、右施工による重量増加は特に重視すべきものではなく、いずれも構造計算上問題はない。

3  原告らの損害について

(一) 仮住居費用等は、本件建物の建設が不能となると否とにかかわらず、当然に支出が予定されていたものであって、本件の履行不能あるいは不法行為と因果関係のある損害とはいえない。

(二) 再築工事費用高騰差額分が損害であるとする根拠がない。

(三) 原告武以外の原告らの慰藉料請求について

仮に被告に過失があるとしても、原告武の財産権侵害の可能性があるだけであり、近親者に慰藉料請求権が発生するといえるほどの法益侵害があるということはできない。

(反訴事件)

一  請求原因

1 (当事者)

被告は、建築設計及び工事監理業、建物建築工事の請負及び修理業等を目的とする有限会社である。

2 (本件請負契約)

被告は、平成六年一一月二〇日、原告武から、以下の約定で本件工事を請け負った(本件請負契約)。

(一) 工事名称

都賀ビル新築工事

(二) 工事場所

神戸市灘区大石東町四丁目

(三) 工事規模 鉄骨四階建一棟

(建築面積延べ287.55平方メートル)

(四) 施工内容

(1) 屋根・床板はデッキプレート

(2) バルコニーは視界を遮る構造のもの

(3) 四階の形状は北側が斜面でなく地面と垂直にする

(4) 柱脚は通常の鋼板を用いる

(五) 完成時期 平成七年二月二八日

(六) 引渡 完成の日から三〇日以内

(七) 請負金額 四六〇〇万円

(八) 危険負担 不可抗力による建物滅失等の危険については原告武の負担とする。

3 (被告の本件建物建築債務の消滅)

本件建物は、建築途中の平成七年一月一七日に発生した本件震災に遭って倒壊し、同年三月三〇日までに本件建物を建築するという被告の本件請負契約上の債務は、不可抗力により履行不能となった。

4 (本件建物の出来高)

本件建物の滅失当時の出来高は、少なくとも三六九三万九五〇〇円を下らない。

5 (請負代金の一部支払)

原告武は、本件請負契約時に、被告に対し、請負代金の一部として一八五〇万円を支払った。

6 (催告)

被告は、原告武に対し、平成七年四月一二日、出来高と既払額との差額一八四三万九五〇〇円の支払を催告した。

7 よって、被告は、原告武に対し、本件請負契約上の危険負担の合意に基づき、出来高未払報酬一八四三万九五〇〇円及びこれに対する催告日の翌日である平成七年四月一三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する原告武の認否及び主張

(認否)

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、施工内容は否認する。その余の事実は認める。

3  同3のうち、本件建物が本件震災により倒壊して本件工事が履行不能となったことは認める。右が不可抗力によるとの主張は争う。

4  同4の出来高は争う。

5  同5・6の各事実は認める。

(主張)

本件建物が倒壊したのは、被告が設計どおりに建築、施工しなかった過失に基づくのであって、本件工事の履行不能は被告の責に帰すべき事由による。

第三 証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一  本訴事件について

一  請求原因1について

1  請求原因1のうち施工内容を除く事実は当事者間に争いがない。

2  本件請負契約の施工内容について

(一) 証拠(甲八、九、証人工藤吉明、同吉田剛、被告代表者、原告都賀武)によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 本件建物は、都市計画法上の市街化区域である神戸市灘区大石東町<番地略>所在の面積98.62平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)上に建築することを計画された四階建て車庫付共同住宅である。一階は車庫及び共同住宅であり、床面積は74.55平方メートルであり、そのうち車庫部分が占める面積は42.39平方メートル、共同住宅部分が占める面積は32.16平方メートルである。二階ないし四階はすべて共同住宅であり、床面積は順に74.60平方メートル、72.17平方メートル、66.23平方メートルである。本件建物の建築面積は68.76平方メートル、高さは10.37メートルであり、その構造は重量鉄骨造、基礎は鉄筋コンクリート造である。

(2) 本件建物の設計は、被告と取引のあった工藤一級建築士事務所が担当することになり、基礎・梁伏図及び鉄骨詳細図等の基礎的な部分の設計は一級建築士工藤明が行い、意匠及び平面図・立面図等の外観の設計は、右工藤明の弟の二級建築士工藤吉明が行った。

(3) 原告武と被告は、右平面図及び立面図をもとに建築する建物の具体的内容について数回の打ち合わせを行い、平成六年一一月二〇日、別紙一の1ないし4の図面(以下、併せて「契約書図面」という。)を添付して本件建物の建築工事請負契約書(甲九)を作成した。

そして、工藤吉明は、原告の代理人として、別紙二及び三の1ないし3の各図面(以下、併せて「建築確認図面」という。)を添付した本件建物の建築確認申請書(甲八の四枚目以下)を平成六年一一月二一日に神戸市役所住宅環境課に提出し、同年一二月一日付けで神戸市建築主事の建築確認通知がされた。

(4) 原告武は、被告に対し、床板等の部材は振動や音を遮断できるようなものとすることを要望し、床や壁の施工については被告に任せていた。工藤吉明は、防音にはALC板よりデッキプレート及びコンクリート打設の方が優れているが、ALC板の方が構造計算が容易であるとして、契約書図面(別紙一の1)には、構造という表題の下に、屋根・床とも厚さ一〇センチメートルのALC板を用いるものと記載し、建築確認図面でも屋根は、厚さ一〇センチメートルのALC板を用いて下地シート防水を施した陸屋根として設計され、床は、厚さ一〇センチメートルのALC板を用いて下地木造仕上げとして設計されていた。しかし、実際には、屋根・床とも平均厚六一ミリメートルのV型デッキプレート及びコンクリート打設により施工された。

(5) 本件建物の北側には幅約四メートルの道路を隔てて大石東町公園があることから、被告の提案で同公園から室内が見えないようにするため、バルコニー手摺は、契約書図面上、パイプに板状のものを附属させた構造とすることになったが(別紙一の4の北立面図参照)、具体的な材料等まで定めたわけではなかった。そして、建築確認図面においては、本件建物の北側バルコニー手摺はスチールパイプの縦格子として設計されたが(別紙二北立面図参照)、実際にはALC板に縦一〇センチメートル・横五センチメートルの小口二丁タイルを縦に一三枚用いた片面タイル貼及び手摺アルミ金物取付により施工された。

(6) 本件建物の四階北側部分は、契約書図面上、三階部分を延長して地面と垂直に施工する構造とされ(別紙一の3の東立面図及び別紙一の4の西立面図参照)、原告武は本件建物は右のとおりに建築されるものと認識していたが、建築確認図面では、本件建物の四階北側部分は、側面から見ると屋上から斜めに削るように設計され、同所は傾斜柱により施工されるものとされていた(別紙二西立面図参照)。

建築確認図面が右のようになった理由は、建築確認申請にあたり、建築基準法の日影規制(建築基準法五六条の二)に違反しないようにするためであり、原告武は建築確認図面が右のようになっていることを認識していなかった。

しかし、本件建物四階北側部分は、実際には三階部分を延長する形で側面から見て地面と垂直に施工された。そのため、四階西側の床面積の縦の長さは、設計では5.2メートルであったのに、実際には三階と等しい6.3メートルとなり、床面積及び壁面積が増加した。

(7) 鉄骨等の基礎的構造部分については、契約書図面には記載がないが、建築確認図面には、別紙三の1ないし3のとおり記載されており、被告は、本件建物の鉄骨加工については、補助参加人を下請として使用し、補助参加人に対し、建築確認図面である別紙三の1ないし3を送付して鉄骨の加工内容を指示した。

(二) 右認定事実によれば、原告武と被告は、本件請負契約締結に際し、別紙一の1ないし4の図面を契約書に添付し、原告武は、右図面のとおりの建物が建築されると認識していたのである。したがって、本件請負契約において合意した施工内容は、基本的に契約書図面によるものと認められる。もっとも、屋根・床の材料については、原告武は、振動や音を遮断できるものと要望したのみで、その施工については被告に任せていたのであるから、その構造等については、右要望に沿う限りで被告に合理的な裁量があったものと認められる。また、バルコニー手摺については、材料や構造等を定めたわけではなく、大石東町公園から室内が見えないようにすることを合意したのみであるから、その構造等については、被告に合理的な裁量があったものと認められる。

一方、鉄骨等の基礎的構造部分については、契約書図面には特段の記載はないが、原告名義でされた建築確認申請に添付された図面には、別紙三の1ないし3のとおりの記載があり、被告は補助参加人に対し、右建築確認図面を送付して仕事を指示していることからすれば、原告武・被告間に基本的構造部分は建築確認図面により施工するとの合意が成立していたというべきである。

結局、本件請負契約の施工内容は、溶接仕様及び柱脚部の施工は建築確認図面によるべきであるが、四階北側の形状については別紙一の3・4のとおりであり、また、屋根・床板の施工、バルコニーの仕様については、必ずしも建築確認図面による必要はなく、被告の合理的裁量に委ねられていたということができる。

二  原告らの主位的主張(請求原因2及び3(一))について

1  原告加代子、同博志、同豪及び同厚と被告との間に本件建物建築に関し、何らかの契約関係が成立したことの主張立証はないから、右原告らの主位的請求は、その余を判断するまでもなく理由がない。

また、右原告らについて、本件建物の完成により当然にその持分権を取得するなどの主張立証はなく、被告に原告ら主張の不適切な施工が認められるとしても、それが右原告らに対する不法行為を構成するとはいえないから、右原告らの予備的請求も、その余を判断するまでもなく理由がない。

2  請求原因2(一)の事実、同2(二)(1)のうち被告が本件建物の屋根・床板をデッキプレート及びコンクリート打設で施工したこと、バルコニー手摺をALC板に片面タイル貼及び手摺アルミ金物取付で施工したこと、四階の傾斜柱を垂直に施工したこと、同2(二)(3)のうち被告が本件建物の柱脚を日立ハイベースでなく通常の鋼板によるベースプレートで施工したことはいずれも当事者間に争いがない。

3  右争いのない事実及び証拠(甲八、九、二三ないし二八、四二、検甲一ないし一七六、乙一、二、七ないし一〇、一一の1・2・3、一三ないし一八、検乙三の1ないし21、丙一、二の1・2、証人工藤吉明、同吉田剛、被告代表者、原告都賀武本人)並びに弁論の全趣旨によれば、本件建物の設計と施工の相違、これに伴う重量や構造耐力の変化等に関し、以下の事実を認めることができる。これに反する証人吉田剛の供述及び陳述(丙一)部分、被告代表者の供述及び陳述(乙一七)部分はいずれも採用しない。

(一) 本件建物は、高さ三一メートル以下の建築物に適用するいわゆる設計ルート2により設計され、建築確認を経たものであるところ、建物構造として、水平・垂直方向とも、鉛直時・地震時に作用する外力をすべて柱・梁のみで構成する骨組みで負担し、ブレース等の耐力壁は存在しない構造形式である純「ラーメン構造」が採られている。

設計ルート2以上の建物の設計にあたっては、まず比較的発生頻度の高い中程度の地震に対して建築物の機能を保持する目的で弾性論を用いた短期許容応力度設計を行い(一次設計)、次に、まれに発生する関東大震災並の大地震に対して建築物の倒壊から人命を保護することを目的として塑性設計の考えを取り入れた設計を行う(二次設計)こととされている(建築基準法施行令、乙一二)。そして、設計にあたっては、①すべての部材が許容応力度内に収まっており、②建物の傾きである層間変形角が規定値内であり、③各階の剛性が均質化しており、④各階の骨組みがバランス良く配置され、地震時に建物が水平回転を生じて部分的に過大な変形を生じることがなく、⑤柱・梁仕口、継手部が終局時の応力状態を評価し、⑥梁が十分な変形能力を発揮するまで梁に生じる軸力により部材が横方向に変形する横座屈を生じないことが必要とされている(建築基準法施行令八二条・六九条、甲二三)。

(二) 主要柱接合部分の溶接方法変更

純ラーメン構造の場合、構造耐力上主要な接合部分である鉄骨柱の接合部分は、剛接合、すなわち完全溶込み溶接(突合せ溶接)を行う必要があり(建築基準法二〇条一項、三六条、同法施行令三六条、六七条二項)、建築確認図面上もこれによるものとされていた。突合せ溶接は、鋼材同士を重ねないでほぼ同じ面内で接続し、溶接物の強度が母材と同等になるように全断面が十分に融合され、のど厚は母材の厚さ以上になるように溶接するものとされる。突合せ溶接を行うには、接合部分を約四五度斜めに削って溶接棒を奥の方まで入れやすいように開先をとることが不可欠である。右溶接がされた場合、地震力等により、最終的に破断するとしても、部材の塑性変形を優先し、仕口・継手部分では最初に破断しないとされる。

しかし、実際には、一階の柱の柱頭部と梁との接合部は突合せ溶接ではなく、柱と梁の接合面の外側を溶接する片側隅肉溶接により施工された。

(被告及び補助参加人は、突合せ溶接をしたと主張し、証人吉田剛は、開先溶接である旨を供述及び陳述《丙一》するが、右証人の認識自体に明確性を欠き、甲二三、二四、検甲一四七ないし一五一に照らして直ちに採用することができない。右供述及び丙二の1・2、検甲四三ないし五一によっても、せいぜい、部分的に不完全突合せ溶接が行われたに止まるものと認められる。)

右施工の変更により、曲げモーメント及び軸方向力が低下し、隅肉溶接がのど厚6.3ミリメートルのサイズで施工されているとすると、水平方向加力時の短期許容曲げモーメントは約五四パーセント低下し、柱仕口部の耐力は約1.57分の一となる。

(三) 柱脚施工の変更

柱脚は、鉄骨構造部に生じた応力を基礎構造部に伝達する節点部分であり、基礎構造部との連続性を持った固定柱脚型式の弾性固定とする必要がある。そのため、設計ではベースプレートに縦横二五センチメートル、板厚23.2センチメートルの日立製のハイベースC型を用い、右ハイベースと基礎との締め付けには、長さ八五センチメートルのアンカーボルト四本を用いるものとされていた。

しかし、実際には通常の鋼板によるベースプレートに八本のアンカーボルトを用いて施工されたが、アンカーボルトが七本しか施工されていない箇所もあった。

(被告は、柱脚を日立ハイベース工法と異なる鋼板による施工をしたのは、本件工事の完成を急いでほしいとの原告武の要望を受けてのことである旨主張し、被告代表者はこれに沿う供述及び陳述《乙一七》をする。しかし、これを客観的に裏付けるに足りる証拠はなく、原告都賀武本人の供述及び陳述《甲四二》に照らして直ちに採用することはできない。)

右施工の変更により、ベースプレートの剛性、ベース下モルタルとの密着性等の施工上及び材料上の要因により柱脚部と基礎構造部との連続性が得られず、柱脚の固定度は、上下左右には移動しないが回転の自由な「ピン柱脚」と「弾性固定」の中間程度のものとなった。この場合、柱の曲げ変形方向の反転する点である反曲点を下げて構造計算することが必要であり、同点を0.5から0.3に下げると、一階柱頭部の地震時曲げモーメントは1.4倍となる。なお、二次設計における柱脚の保有水平耐力の評価は不明である。

(四) 屋根・床板等の材料変更に伴う重量増加等

本件建物の屋根・床、バルコニー及び四階北側部分の前記施工は倒壊時にほぼ完了しており、本件建物は、設計建物と比較して以下のとおり重量が増加し、合計約1.1倍の重量増加となっていた。

(1) 屋根・床に設計されたALC板の自重は一平方メートルあたり六五キログラムであるが、実際に施工されたデッキプレート及びコンクリートの自重は一平方メートルあたりそれぞれ13.4キログラム、146.4キログラムであり、合計159.8キログラムである。したがって、一平方メートルあたり94.8キログラムの増加となる。

(2) バルコニーに設計されたスチールパイプ手摺の自重は一平方メートルあたり五〇キログラムであるが、実際の施工重量は、一平方メートルあたりタイル一五キログラム・圧着モルタル一〇キログラム・ALC板六五キログラム・手摺アルミ金物一〇キログラムの合計一〇〇キログラムで、タイル壁面高が一三枚で1.3メートルであるから、一平方メートルあたりの重量は一三〇キログラムとなる。したがって、一平方メートルあたり八〇キログラムの増加となる。

(3) 四階部分に設計された傾斜柱を三階部分と等しく垂直に施工したことから、柱の材長が短くなるので部材剛性に変化を生じるとともに、床の縦の長さは一メートル一〇センチ増加し、梁の長さも増加した。したがって、床面積及び壁面積が増加し、それに伴う重量増加を生じた。

(五) 右溶接及び柱脚部の施工変更と重量増加の影響により、本件建物の構造耐力は、建築確認図面によった場合の約2.42分の一に低下した。ただし、構造耐力の低下を示す右数値は、弾性域内での計算であるところ、倒壊は弾性限度を超えた塑性域の現象であるから、右の構造耐力の低下は、倒壊時の破断耐力の低下と一致するものではない。

そして、柱仕口部の破断耐力は、隅肉溶接がのど厚6.3ミリメートルのサイズで施工されているとすると、溶接部及び柱母材耐力で建築確認図面によった場合の1.04分の一であり、溶接サイズが右の七〇パーセントとすると1.5分の一である。また、倒壊時の反曲点は、柱頭・柱脚の耐力及び粘り強さを表す係数である靱性率によって定まるが、右数値は明らかではない。

(六) 本件建物は、本件震災当時、全体の約七割程度完成していたが、本件震災により、一階部分が南から北へ向かって倒壊し、二階以上の部分が一階の倒壊部材に乗った状態となった。しかし、倒壊した本件建物の鉄骨柱には曲げ破壊や座屈破壊はみられなかった。これは、一階柱頭接合部の耐力不足により柱と梁がずれ、柱が支持点を失って倒壊したことに伴い、柱脚が柱の転倒方向に回転してアンカーボルトが破断したことによると推測される(甲二三)。

4  右認定事実によれば、本件建物は、屋根・床板の材料変更、バルコニー手摺の仕様変更、四階部分の施工変更により、建築確認図面による場合と比較して、重量が約1.1倍に増加していたのである(なお、前記のとおり、四階の施工は契約書記載のとおりであり、屋根・床板の材料及びバルコニー手摺の仕様は被告に合理的な裁量があったものというべきであるから、右施工をもって、被告の債務不履行ということはできない。)。そして、被告は、設計上、突合せ溶接が要求されていた柱と梁の接合部を隅肉溶接で行い、これにより柱と梁との接合部の耐力は、弾性域内で約1.57分の一、曲げ破断耐力は1.04分の一となっていた上、柱脚部のベースプレートの変更による剛性不足のため、柱応力が約1.4倍に増加していたことが認められるのであり、これらを総合すれば、本件建物の構造耐力は、建築確認図面による場合と比較して約2.42分の一に減少したというのである。そして、本件建物の倒壊の機序は、一階柱頭の接合部の耐力不足により、柱がずれて外れ(スリップ)、支持点を失って倒壊し、柱脚部が柱の転倒方向に回転し、基礎部分のアンカーボルトが破断したことによるものと推認されるというのである。

そうだとすれば、本件建物は、契約内容である建築確認図面と異なる被告の施工により、建築基準法及び同施行令によって要求される構造耐力を欠如していたものであり、これにより、二次設計において要求される耐震性も低下しており、そのために、本件震災にあって、まず、柱と梁との接合部においてずれが起こって柱が倒壊し、次に柱脚部の回転によりアンカーボルトが破断して、本件建物が倒壊したと考えられるのである。

被告は、これに対し、本件建物は、震度六の地震では容易に倒壊しない耐震構造を有するから過失がない旨主張する。そして、一級建築士である今西宏は、その意見書(乙一一の1・2、一二、以下「今西意見」という。)中で、一級建築士である奥谷晴彦の作成した右認定に沿う報告書(甲二三、二四、以下「奥谷意見」という。)を批判し、既に起こった倒壊現象を許容応力度設計法(いわゆる一次設計)の計算で確認することは困難であり、奥谷意見は、弾性限界内での推定にすぎず、地震による倒壊時には、柱仕口部の破断耐力は1.04分の1ないし1.5分の一であり、ベースプレート剛性不足による柱応力の増加も倒壊時には考慮しなくて良い等と主張する。しかし、今西意見によっても、奥谷意見による倒壊理由である重量増加・不適切な溶接による柱仕口部の耐力不足・ベースプレート剛性不足による柱応力の耐力不足との結論には概ね異論はなく、ただ、倒壊時においては、塑性域の問題であるから、弾性限界内における許容応力の計算では不正確であるというにとどまるものというべきである。しかるに、本件建物建築にあたっては塑性域の計算(二次設計)は部分的な確認以外は行われていないというのであるから(乙一一の1)、塑性域における耐震性を正確に論ずることは不可能というべきである。また、今西意見は、本件建物は震度六程度の地震によっては倒壊しない耐震性を有するとの趣旨も述べるが、的確な数値的根拠に基づいて論証されているとはいえない。そして、本件建物には前記のとおり、許容応力上の重大な構造耐力の欠陥があった以上、塑性域においても耐力の相当な減少が生じていたと推測することができるとすれば、震度六程度の地震によっても倒壊する可能性を否定することはできない。また、仮に、震度六程度の震災であれば、倒壊までしなかった可能性があるとしても、右構造耐力の減少程度からすれば、柱・梁の接合部や柱脚部等の構造上の重要部分に重大な被害を受け、いずれ、解体、撤去が見込まれる状態になったことは十分に推測できるというべきである。したがって、今西意見を考慮しても、被告の施工について過失を否定することはできない。

5  被告は、また、仮に建築確認どおりの施工をしていたとしても、本件建物の倒壊は避けられなかったと主張するので検討する。

(一) 証拠(甲八、二四、乙三ないし五、一一の1ないし5、一九、二〇、証人工藤吉明)及び弁論の全趣旨によれば、本件震災の規模及び建物の倒壊状況等について、以下の事実を認めることができる。

(1) 本件建物所在地(以下「本件土地」という。)は、阪神高速道路三号神戸線と阪神電鉄に挟まれており、北西約三〇〇メートル弱の距離に阪神電鉄本線大石駅、北東約一キロメートル弱の距離にJR六甲道駅がある。

(2) 平成七年一月一七日午前五時四六分、北緯三四度三六分、東経一三五度〇三分、深さ約一四キロメートルを震源とするマグニチュード7.2の本件震災が発生した。本件震災は地殻の浅いところで発生した典型的な都市直下型内陸地震であり、これによる地面の揺れは本件建物が所在する神戸市灘区を含めた広い範囲で気象庁観測史上最高の震度七の激震と認定された(公知)。

(3) 本件震災による揺れの加速度は、JR六甲道駅付近で横揺れ三〇〇ないし五五〇ガル、縦揺れ四五〇ガル前後を記録し、神戸市灘区の西に隣接する神戸市中央区では、横揺れ最大八三三ガル、縦揺れ最大三三四ガルを記録した。

なお、建物の設計で考慮される加速度は、最大で横揺れ四〇〇ガル、縦揺れ二〇〇ガル程度である。

(4) 地震による揺れの最大速度は、神戸市灘区内の神戸大学付近で南北方向に秒速55.1センチメートル、東西方向に秒速三一センチメートル、上下方向に秒速33.2センチメートルを記録した。

なお、最大速度が秒速三〇センチメートルで平屋の家屋に被害が現れ、秒速四〇センチメートルを超えると一〇階程度の中層階のビルにも被害が現れ、高層建築では秒速五〇センチメートルが耐震設計基準とされている。

(5) 本件土地の地耐力は、神戸市の基準により一平方メートルあたり一〇トンはあるものとされ、本件建物建築にあたり特に地盤調査はされなかった。

(6) 本件建物の北側には、大石東町公園を隔ててサンハイツ灘やコスモ灘公園通りといった高層マンションがあり、それらは本件震災により倒壊することはなかった。また、本件建物の西側は幅5.85メートルの道路であり、その道路を隔てた西側の建物には本件震災により倒壊しなかったものもあるが、そのさらに西側や本件建物の南側及び東側には本件震災により倒壊した建物がある。

(7) 日立機材株式会社が本件震災後の平成七年一月二四日から同年二月一七日の間に実施した日立ハイベース工法による建物の被害状況調査によれば、調査件数二五六件のうち、倒壊した建物は二件、傾斜あるいは軽度の被害を受けた建物は一〇件であり、いずれも震度七の地域にあったとされ、右いずれかの被害を受けた一二件のうち、一一件が神戸市内所在の建物である。また、右倒壊建物においては、アンカーボルトが破断しており、傾斜あるいは軽度の被害を受けた建物のほとんどにおいては、アンカーボルトの伸び(塑性化)が認められている。もっとも、右調査対象とされた建物は一階建てのものから一一階建てのものまであり、用途も学校・病院・事務所・住居・店舗・工場と分かれている。なお、四階建て住居においては、九件中一件が何らかの被害を受けたとされる。

(二)  右認定事実によれば、本件震災は、本件土地を含めた広範囲でマグニチュード7.2、震度七を記録した。また、本件震災の揺れの最大速度は、本件土地所在地である神戸市灘区内で南北方向に秒速55.1センチメートルを、地震の揺れの加速度は、灘区に隣接する神戸市中央区で横揺れ最大八三三ガル、縦揺れ最大三三四ガルをそれぞれ記録した。そして、右横揺れの加速度は、建築設計で考慮される最大加速度の二倍以上である上、右最大速度は、高層建築の耐震設計基準をも上回るものであり、本件土地は、右加速度や最大速度を記録した地点に近接しており、本件建物周辺でも多くの建物が倒壊等の被害を受けている。これらのことからすれば、本件建物が仮に設計図書どおりに施工されていたとしても、本件震災により何らかの被害を受けた蓋然性は高いというべきである。しかし、一方、本件建物の西側には倒壊しなかった建物もあり、日立機材株式会社の日立ハイベース工法の建物の調査結果では、倒壊した建物は二五六棟中、二棟にすぎず、右建物は、柱・梁接合部が隅肉溶接であったと推測されるのである(甲二四)。そして、本件建物敷地の地耐力には特段の問題がなかったのであり、先にみた倒壊の機序を考慮すれば、本件建物倒壊の最大原因は、柱・梁の接合部の不適切な溶接仕様であり、次に柱脚部の剛性不足であったというべきであり、最低限、溶接が建築確認図面どおりの完全溶込み溶接であれば、倒壊しなかった可能性は高かったというべきである。したがって、被告の右施工と本件建物の倒壊との間には相当因果関係が存在するというべきであって、被告が建築確認図面どおりの施工をしていたとしても倒壊を免れなかったとの被告主張を採用することはできない。

今西意見は、右倒壊原因を否定するものではないが、倒壊したのは、予想を超える揺れのためであり、倒壊時の塑性域における計算上、本件建物の構造耐力は、中程度の地震には耐えられた可能性があるとの趣旨をいうものである。しかし、被告の建築確認図面と異なる施工がなければ、本件建物の倒壊が生じなかったといえる以上、被告の右施工と倒壊との因果関係を否定することはできないというべきである。

6  本件建物は、前記のとおり、一階部分が南から北に向かって倒壊したところ、柱が外れ、柱脚とベースプレートを接合しているアンカーボルトが破断したのである。このように、本件建物の基礎的な構造部分に致命的な損傷を受けたのであるから、被告が主張するように、ジャッキアップした上、施工を続行することは不可能であると考えられる。また、本件建物には、前記のように、柱・梁の溶接部と柱脚部の施工に耐震性に関して重大な欠陥があったところ、これを修補するには解体する以外に方法はない(甲二四)のであるから、いずれにしても、本件建物の建前を利用しての施工続行は不可能となったというべきである。

7  以上のとおりであるから、本件工事は、被告の責めに帰すべき事由により履行不能となったとの原告武の主位的主張は理由があるというべきである。

三  原告武の損害について

1  請負代金既払分について

原告武は、本件履行不能がなければ、請負代金相当額の価値を有する建物の所有権を取得するはずであった。しかるに、これが不可能となったのであるから、右相当額の利益を喪失したところ、代金のうち既払額を超える金員の支払を免れたのであるから、結局、既払額である一八五〇万円(当事者間に争いがない。)が損害というべきである。

2  銀行借入諸費用について

原告武は、本件請負契約の代金支払のために、銀行から金員を借り入れ、そのための諸費用を要したことは認められる(甲一七ないし二〇の各1・2)。しかし、これは、本件履行不能によって生じた損害、あるいは逸失利益ということはできない。

3  仮住居費用・家財道具保管費用・引越費用について

原告武は、本件建物の契約上の引渡日以降の右各費用を損害と主張する。しかし、前記のとおりの本件震災の規模、揺れの大きさからすれば、仮に、被告が建築確認図面どおりの施工をしていたとしても、倒壊は免れるとしても、相当の被害を受けたことは推測するに難くない。そうすると、右被害の修補のために、原告武は、仮住居に引っ越して入居し、家財道具を他に保管する必要を生じたことも当然に予測される。したがって、右各費用を本件履行不能と相当因果関係にある損害と認めることはできない。

4  再築費用高騰差額について

右は、いわゆる特別損害であると考えられるところ、被告がこれを予見することができたと認めるに足りる証拠は提出されていないから、これを損害と認めることはできない。

5  基礎掘削整地費用について

原告武は、本件履行不能により、新たに請負契約を締結して、建物を建築することを余儀なくされ、そのために基礎掘削整地費用として九〇万円を出捐したのであるから(甲三七の1・2)、右費用は本件履行不能と相当因果関係にある損害と認める。

6  慰藉料について

原告武が、被告の本件履行不能により、財産的損害の賠償によっても償うことのできない精神的な損害を被ったことを認めることはできない。

7  以上、損害額は合計一九四〇万円である。

四  よって、原告武の本訴請求は、被告の履行不能による損害として一九四〇万円の賠償を求める限度で理由がある。なお、右損害賠償債権は期限の定めのない債権であるところ、同原告が本訴提起までに被告に対し、催告をしたことを認めるに足りる証拠はないから、本訴の訴状送達の日の翌日(平成七年八月二七日)から遅滞に陥ったものと認められる。

第二  反訴事件について

一  請求原因1の事実及び同2のうち、本件請負契約における施工内容以外の事実は当事者間に争いがない。

先に認定・判断したところによれば、本件請負契約の施工内容は、溶接仕様及び柱脚部の施工は建築確認図面によるべきであるが、四階北側の形状については別紙一の3・4のとおりであり、また、屋根・床板の施工、バルコニーの仕様については、必ずしも建築確認図面による必要はなく、被告の合理的裁量に委ねられていたということができる。

請求原因3のうち、本件建物が本件震災により倒壊し、本件工事が履行不能となったことは当事者間に争いがない(また、先に認定・判断したとおりである)。

二  被告の出来高請求について

前記認定・判断したところによれば、本件建物の倒壊は、被告の責めに帰すべき不適切な施工により生じたものというべきである。したがって、危険負担の特約は適用されないから、その余を判断するまでもなく、原告武に本件建物の出来高の支払を求める被告の反訴請求は理由がないといわざるを得ない。

第三  結論

よって、原告武の本訴請求は、被告の履行不能に基づく損害賠償として一九四〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年八月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の同原告の本訴請求、その他の原告らの本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条ないし六六条を、仮執行宣言について同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官赤西芳文 裁判官甲斐野正行 裁判官大山徹)

別紙<省略>

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